デイヴ・グロール、ジミー・ペイジ&ロバート・プラントと語る (3/7)
デイヴ・グロールのブログ「Grohl's Poor Brain」(笑) にアーカイブされている記事より。雑誌「Ray Gun」の企画で、グロールがペイジとプラントの二人にインタビューしたもの。いつの記事か書いてないが、ペイジ&プラントの2枚めのアルバム「Walking into Clarksdale」 (1998) の直後なのは間違いない。
→ Grohl's Poor Brain | Page + Plant + Grohl - Ray Gun
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ロバート:イギリスじゃ黒人の社会的な差別が (アメリカのようには) 表面化してないから、哀愁を帯びた「プルーノート」とか言われても、正直、理解できなかった。俺の中では、ブルースはだんだんかすんでいって、代わりにアラブの音楽に興味を持つようになった。
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ロバート:アラブの音楽には、自分たちが依存してるような音楽の下地や裏付けが何もないんだよ。幻想の世界から来た吟遊詩人みたいに感じた。俺はそういうのに過剰反応するんだ。両親が俺のレコードプレーヤーから電源ケーブルを切り取った時には、もっと過剰反応したけどな (笑)。「この家でそんな音楽は聞きたくない。どういう意味だ?」って言うんで、「知らねぇよ」って答えた。
デイヴ:それでますますのめり込んだとか。
- ロバート:そうだな。
デイヴ:自分はワシントンDCの郊外で育ったんですが、ブルースって何だかどれも同じに聞こえたんですよ。
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ジミー:そうだろうな。どれもまがいものだからだ。
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ロバート:すでに過去のものだったしな。
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ジミー:俺が最初にエルモア・ジェイムズやハウリン・ウルフを聴いた時は、すごく生々しかった。それから、フレディ・キングとか。だが、俺たちが弾いてたブルースは、自分たちの勝手な解釈だ。
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ロバート:イギリスのポップスは、アメリカの真似をしてただけで、実に薄っぺらかった。ブルースはアンダーグラウンドで、ケルアック (アメリカの小説家) に心酔してたようなヒッピー世代の心をつかんで、サブカルチャーの一部になった。ブルースは俺たちの「会員バッジ」だったんだ。だが、ジミーの言う通り、最初にエルモア・ジェイムズを聴いた時は、衝撃的だったな。バンド全員がビートの後ろ側にいるんだ。アメリカの白人バンドみたいに、全員がビートの上に乗ってるのとは、大違いだった。ツェッペリンに良いところがあったとすれば、その半分は、ボンゾが常にビートの後ろ側に引きとどまっててくれたおかげだ。
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