ジョー・サトリアーニ、ジミ・ヘンドリックスを語る
サトリアーニがジミ・ヘンドリックスの亡くなったその日に、それまではドラムをやっていたのが、ギタリストになることを決意したってのは、あちこちで語ったり語られたりしてて、この記事では他にも「ロウソクをともして自分なりの儀式をした」なんてことも言ってるんだけど、日本でのことがすごく重要な話として出てくる。初めて語ったことかも。
→ Joe Satriani: How Jimi Hendrix Changed My Life (www.musicradar.com) (2009/9)
- ジミの音楽を心から愛してて、なので十代の頃、色んなバンドにいても、人前では演奏しようとしなかった。変に聞こえるだろ。だが、ジミの音楽は全く特別で、ちょっとでも触れたり変えたりなんてもっての外の、芸術作品なんだ。彼のマジックを汚したくなかったんだよ。それが何年か後、20歳くらいの時に日本に行った。そこでヘンドリックスのトリビュート・バンドに入ったんだ。ある晩クラブで見て、やるじゃないか、けど、ちょっと違うな、って感じてね。それで結局、言葉の壁はあったけれども、彼らに話しかけた。自分のギターを取り出して、ちょっと弾いてみせて、で、彼らと一緒にやることになった。「Little Wing」とかをライブで演奏したのは、それが本当に最初だった。なんだかとっても解放された気分だったよ。ジミの曲を演奏していいんだ、汚すことにならないんだって判るには、地球を一周しないといけなかったのかも知れない。おかしな話だよな。
サトリアーニは20歳の頃、半年くらい京都に住んでたことがあって、その時のことを言ってる。この人といいポール・ギルバートといいマーティ・フリードマンといいデイヴ・シンクレア (キャラヴァンのキーボード奏者。ソフト・マシーンあたりとも交流がある。プログレ系ってかカンタベリー系) といい、極東の島国の何がそんなに彼らを惹きつけるんだろね。住んでなくても、ジミー・ペイジ (西新宿在住って冗談もある) とかディヴィッド・ボウイ (和名は「暴威」) とかテリー・ボジオ (奥さんが日本人。和名は「菩慈音」らしい) とかジョン・ウェットンとか、仕事以外でもちょくちょく日本に出没してるし。
サトリアーニのインタビューってまだまだ膨大な数があるんだけれども (よく喋る人なのかも (笑))、こんなんでとりあえず一段落かな。
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