カール・バルトス、ソロアルバムやクラフトワークなどを語る (4/4)
1975年から1990年までクラフトワークのメンバーだったカール・バルトスが、ソロ・アルバム「Off the Record」のリリースに合わせて、珍しく色んなインタビューに答えている。これは「GQ」誌サイトの2013年3月の記事より。
→ GQ | Karl Bartos Post Kraftwerk Interview
クラフトワークから抜けた理由を聞いてもいいですか。
- 大丈夫だよ。当時は38歳で、年齢と独立心の問題だった。「Electric Cafe」に5年、「The Mix」にさらにもう5年かかって、うんざりしてたんだ。この先も5年、10年、何もやれないんじゃないかって感じだった。40歳までにはミュージシャンとして結果を出したい、そう思ってた。クラフトワークに入る前も、それなりに活躍してた。だが、クラフトワークにいては、自分のやることを自分では決められなかったんだ。
「The Mix」(1991) は過去の作品のリミックスですよね。いい時に抜けたってことですか。
- 「The Mix」には (クレジットはされてないが) 私の曲も入っている。彼らはライブでは私の曲も演奏する。脱退したのは、音楽的な方向性の違いとか、自己主張できないとか、そういう理由ではない。自分の人生を人から指図されたくなかったんだ。独立したかったんだ。どこで仕事するか、誰と仕事するか、自分で決めたかったんだ。そうでなければ、例えば、バーナードとジョニーとのコラボレーションも不可能だっただろうし、そもそもスタジオから出ることすらできなかっただろう。
クラフトワークのメンバーとは、今でもコンタクトを取ってますか。
- ミヒャエル (ローター) とヴォルフガング (フリュア) とはね。
デュッセルドルフに戻ることもありますか。
- しょっちゅうだ。2年前にKling Klangスタジオ (デュッセルドルフにあるクラフトワークのスタジオ) でフローリアン (シュナイダー) に会った。私の車のウィンドウをノックして、「バンドをやめたよ」って言うんだ。「それはよかった。おめでとう」。彼は幸せそうだった。一生ずっとロボットをやってても、楽しくないからね。
最後の「一生ロボットやってても」云々ってのは、例の「カール氏」みたいにロボットに扮することかも知れないし、「クラフトワークってグループの操り人形」って意味かも知れない。別のインタビューでは、「今でもロボットをやってるのは、一人 (ラルフ) だけになった」って語ってる。もっとも、「今でもラルフと話しますか」って質問には、にやっと笑って肩をすくめるだけだったそうだ。
それと、どのインタビューでもそうなんだけど、自分が抜けた後のクラフトワークを「クラフトワーク」って呼ぶことは決してなくて、必ず「彼ら」とか「あのバンド」ってしか言わない。
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