ロバート・ワイアット、自らのキャリアを語る (2)

09 September 2026  |  Tags: Robert Wyatt

ソフト・マシーンの創設メンバーで、脱退してマッチング・モールで活動してたのが、不慮の事故で下半身付随になってからも、ソロで面白いアルバムを出し続けてくれてる。これは「Comicopera」リリース直前、2007年、62歳の時のインタビューが、2015年に「UNCUT」誌に掲載されたもの。

→ UNCUT | Robert Wyatt interviewed: “I’m not a born rebel…”


そういうカルチャーの中では、知らぬ人なし、って様子では。

  • そんなことはない。ずっとドラマーだったからかも知れないね。1963年からずっと、もう35年になるかな、ドラマーとして食ってきてる。ドラムスは車のエンジンみたいなもんだ。誰かが車体になってくれないと、つまり必ず誰かと一緒に仕事しないといけない。ただ、その頃は、どんな人たちと一緒なのか、判ってなかった。

  • 母の友人にロバート・グレイヴスって人 (イギリスの高名な詩人) がいて、ラモン・ファランって彼の義理の息子がドラマーでね。私にドラムスを教えてくれた。私は16歳で学校をやめて、放浪生活をしてた。どうしても学校になじめず、叩かれてばかりいたし、出来が悪かったんで、それで嫌気がさしたんだ。

ソフト・マシーンでもちょっとトラブルメーカーの気 (け) がありましたか。

  • しょっちゅうトラブルに巻き込まれてたけど、トラブルメーカーだったかは、よく判らない。「レッドペパー」って雑誌があって、それに「生まれながらの反逆者 (Born Rebel)」ってコラムがあってね。何にでも歯向かう人、って意味だ。私は違う。あんなのは、ただのポーズだよ。

  • 私がレコード作りでやることの半分は、まともに聴こえる普通のレコードを作ろうって頑張ることなんだけど、真面目な話、どうやっても普通のレコードには仕上がらないんだ。けど、それはトラブルメーカーってのとは違うよね。

その後の (ワイアットが抜けた後の、って意味だろう) ソフト・マシーンと比べて、どうでしたか。

  • 最初の頃のソフト・マシーンがユニークだったのは、自分たちが好きでハマってる音楽に似せようっては、少しも思わなかったからだろうね。

  • 当時のジャズやフュージョンは、ジャズの面々が、なんでロックの奴らばっかり稼いでんだよ、俺たちのほうが上手なのに、よし、俺たちがブチかましてやる、ってやっかんだ結果だよ。それでいて、ピーター・グリーンやジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスのほうが優れてるって判ると、ますますムカついたりしてね。そんなのとは関わりたくなかった。

  • そこらの音楽は、やってる本人たちの好きな音楽が何か、透けてみえちゃう。けど、例えばマイルス・デイヴィスが好きだったとしても、マイルスにはなれないよね。だったら、トランペットじゃなくて声でやってみようか、そういうのがオリジナリティとか独創性とかに繋がってくんだ。

  • ドラムスだってそうだ。キース・ムーンみたいに叩きたい、ジャック・ディジョネットのようにも叩きたい、ジェームス・ブラウンのリズム・セクションも取り入れたい、なんてのは不可能だ。彼らみんなを気に入って尊敬してたとしても、自分が何を生み出すかは、どっか別のところから持ってこないといけない。


今日のおまけ:

1973年にソニーがイギリスで打ったHi-Fi (死語か?) オーディオの宣伝広告。ソニー、見直したぞ (笑)。

(260909)

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